こんにちは。とびうお水泳教室代表の若林です。
ここでは当教室全てのクラスでメインコーチを務めさせていただいております私若林自身について、今につながるこれまでのお話をしたいと思います。お付き合いくださいませ。

水泳人生の原点(小中学時代)

すでにご存知かもしれませんが、小中学時代私は競泳選手をしていました。小学生のときから週5日練習し、長期休みには1日3回練習の日もあったので、かなりハードな生活だったはずですが、当時はそれを当たり前のようにこなしていた気がします。それができたのは学校の枠を超えてつながったチームメイトの存在のおかげかもしれません。私が所属していたチームからは全国大会に出場する選手が何人も出ていましたので、とてもいい環境で練習ができていたと思います。県内チームの上位選手が集まる強化合宿にも参加できたので、他のチームの選手と交流したり、他のチームの選手が普段どのような練習をしているのかを知ることもできました。私自身は全国まで行けませんでしたが、選手人生最後の大会となる中学3年の北信越大会で自分史上最高の泳ぎができたので満足しています。

小中学時代の水泳選手経験がなければコーチとしての今の私は存在していませんでした。当時は鬼だと思っていましたが、私を育ててくれた恩師の石坂和弘コーチには心の底から感謝しています。

今を支える心理学(大学時代)

佐渡高校を卒業した後、大学は立教大学の現代心理学部心理学科に進学しました。心理学というと心理テストやカウンセリングのイメージしかありませんでしたが、知覚や認知、行動を含む幅広い研究領域が心理学に含まれることを入学してから知り驚きました。当時は自分が将来水泳のコーチになるとは夢にも思っていなかったわけですが、心理学部で学んだことは今のコーチとしての人生に大いに役立っています。スポーツ指導者を目指す人には体育系の学部ではなく心理学部を勧めたいほどです。といいますのも、指導をする上では技術を教えること以上に、生徒の注意をいかに引きつけるか、生徒のやる気をいかに引き出すかといった、心理学的な側面が重要になるからです。心理学のバックグラウンドを持つことはスポーツ指導者にとっての強みになるはずです。

哲学研究に魂を燃やす(大学院時代 A面)

大学を卒業後は、大学のときに授業で出会った意識のハードプロブレムと呼ばれる哲学的問題への関心から、専門の先生がいる東京大学総合文化研究科に進学し、約8年間研究生活を送りました。

意識のハードプロブレム

意識のハードプロブレムを若林コーチ流に説明してみます。

意識経験を脳内で生じている出来事によって説明しようとすると、それが一筋縄ではいかないことに気づきます。ここでいう意識経験とは、視覚経験に現れるさまざまな色や、痛みの感覚などのことで、専門用語でクオリアと呼ばれたりもします。脳内でAという神経活動が生じると、視覚経験に赤の色が現れるということが判明すれば、一つの意識経験を脳内で生じている出来事という観点から説明できたことになると思われるかもしれません。しかし、ここで更なる問いを立てることができます。「脳内で生じる神経活動Aになぜ赤の色の現れが伴うのか」。この問いが立てられるということは、赤の色の現れを神経活動Aによっては説明しきれていないということを意味しています。このことは、他の現象の説明と比較すればはっきりします。筋肉の収縮の説明と比較してみます。筋収縮は、運動神経を伝わる活動電流と、運動神経と筋繊維間の神経伝達物質のやりとり、筋繊維内での化学反応という一連の出来事によって説明されます。この一連の出来事を出来事Bとしましょう。ここで意識経験の場合のように、「出来事Bになぜ筋収縮が伴うのか」という更なる問いが立てられるでしょうか。答えは否です。なぜなら、出来事Bが生じるということはすなわち筋収縮が生じるということであり、出来事Bが生じたにもかかわらず筋収縮が生じないということはあり得ないからです。逆に、赤の色の現れの場合には、神経活動Aが生じているにもかかわらず、赤の色の現れが生じないということがあり得るように思われる。神経活動Aによっては、赤の色の現れを説明しきれないのです。ここで、神経活動Aに更なる神経活動Cを加えればいいのではないかと思われるかもしれませんが、それでもうまくいきません。「神経活動A+神経活動Bになぜ赤の色の現れが伴うのか」という問いが依然として立てられてしまうからです。神経活動による説明をいくら積み重ねても、赤の色の現れには到達できないように思われます。この問いにどう答えればよいのでしょうか。私自身、これまでにいろいろな案を検討してきましたが、いまだに納得のいく答えを出せずにいます。「脳内で生じる出来事になぜ意識経験が伴うのか」この悪魔の問いに、私は一生呪われ続けるのかもしれません。

さて、哲学には実用性がないように思われるかもしれません。一見すると、経済学とか工学とか、そういった学問を専攻した方が将来の役に立つようにも見えます。でも実はそうでもありません。哲学は一つのことについていろいろな可能性を考える力、曖昧なものを明確にする力、論理的に思考する力などを育ててくれるので、何をやるのにも役立てることができるのです。汎用性の塊だと言えます。水泳のコーチをやっていても、哲学で鍛えられた力が役に立っていると感じることがあります。指導法や練習の組み方には、いかなる場合にも当てはまる正解というのはなくて、常に形を変え続ける状況に応じてベストな答えを模索していく作業です。それは果てしなく続く思考の旅のようなもので、哲学的問題について考えるのと似ているところがあります。哲学が直接職業と結びつかなくても、哲学を学ぶことで今の人生をより豊かなものにできるはずです。興味のある方は学んでみてください。

水泳との再会(大学院時代 B面)

水泳との再会は大学院のときに訪れます。きっかけはスポーツクラブで働き始めたことでした。哲学専攻の人間がなぜスポーツクラブかといいますと、大学の頃から趣味で筋トレを続けていたので、ジムでインストラクターをやってみたかったからです。目的はジムだったわけですが、同じ店舗にプールもあったので、プールの監視業務にも入ることになります。プールは毎日のように子どものスイミングスクールで賑わっていました。ある日のこと、人手が欲しいからとスクール指導に誘われ、おもしろそうだったのでそのままサブのコーチとしてスクールに入ることになりました。こうして私のコーチとしての人生が始まります。それまでに指導の経験はなかったので、最初はとにかく後方確認などの安全管理に集中することくらいしかできませんでしたが、回数を重ねるにつれて、指導の仕方が少しずつ身についていきました。水泳指導の時間は思っていた以上に楽しく、その後は積極的に指導に入るようになっていきます。今振り返ってみると、自分はとてもいい環境で指導経験を積めたんだなと思います。東京の店舗ということもあり、たくさんの子どもを指導する経験が得られましたし、大変な部分もありましたが、大人数のクラスを経験することもできました。また、研修も充実していて、店舗内研修だけでなく、東京エリアのコーチが一ヶ所に集まる研修も定期的に開かれていました。意欲的な私はもちろんほぼ全ての研修に参加しております。店舗によってスクールの規模も違うので、他店舗のコーチと交流し情報交換できたことは、自分の視野を広げるよい機会になりました。そうして時間は過ぎてゆき、最終的には初級レベルから上級レベルまで、一通りのクラスでメインコーチを担当することができるようになりました。ジムが目的で入ったはずが、気づけばほぼ全てのシフトがスイミングスクールになっていました。

2023年9月、大学院を離れ、佐渡に帰ることになります。クラブには6年間お世話になりました。

とびうお水泳教室の誕生(2025年)

佐渡に帰ってから約1年半後の2025年2月、スポーツハウスでとびうお水泳教室を開講しました。とびうお水泳教室には、私のこれまでの経験を佐渡に住む方のために役立てたいという思いが詰まっています。とびうおという名前は、私が選手時代に所属していた佐渡のチームの名前に由来しています。この先もまだまだ学ばなければならないことがたくさんありますが、小中学時代の選手経験と大学院時代の指導経験はもちろんのこと、大学で学んだ心理学の知識や大学院の哲学研究で培った思考能力も最大限に活用し、皆さまのお役に立てるよう頑張ります。若林コーチ、そしてとびうお水泳教室をどうぞよろしくお願いいたします。

うまくまとめられたかどうか自信はありませんが、最後までお読みいただきありがとうございました。

おまけ

2025年2月2日、選手引退以来、18年ぶりの大会出場で自己ベスト更新(佐渡市室内選手権大会)